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北欧は、なぜイノベーションとウェルビーイングの先進地なのか?(後編)

2024年09月22日

北欧は、なぜイノベーションとウェルビーイングの先進地なのか?(後編)

北欧諸国は長年にわたり、イノベーションとウェルビーイングの先進地として世界から注目されています。デンマーク、スウェーデン、ノルウェーなどは国連が発表する世界幸福度ランキングで常に上位に位置しており、社会全体の幸福を重視した政策が特徴です。これらの国々では、生活の質を向上させるためのテクノロジーの活用や、政治に対し、市民参加を促す取り組みが積極的に行われています。 本稿では、前編に引き続き、北欧のイノベーションとウェルビーイングに学ぶクローズドのコミュニティ「D.GARAGE in JAPAN」が2024年4月に開催したキックオフイベントでの講演の様子をレポートします。 持続的にイノベーションが起こるエコシステムを研究し、実践する「株式会社リ・パブリック」共同代表の市川文子さんによる「北欧のイノベーションに対する考え方」の基調講演です。

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目次

Designing the Mission「ミッション」を問い直す

大学卒業後、フィンランドの企業にて5年半の勤務経験を持つ市川氏は、「北欧(欧州)では近年、“ミッション・エコノミー”の概念が浸透している」と言います。

”ミッション・エコノミー”を意味の近い日本語で表すと「新しい資本主義」です。政府が公共性のあるミッションを掲げ、多様な企業や市民を巻き込み、皆で経済を成長させながら公共の利益も達成していく新たな仕組みのことです。つまり、経済性を重視しながらも、根底には「人々のウェルビーイング」が第一義としてしっかりと組み込まれているのです。

 

さて、このような営みを成立させようとすると、問い直さなければならないのがステークホルダーそれぞれが持つ「ミッション(我々が社会に対して果たす役割)」です。

昨今は日本においても組織の方向性を示すために「ミッション・ビジョン・バリュー」を掲げる企業が増えており、その重要性は浸透してきました。しかしこれはあくまでも、組織単体のミッションに過ぎません。多様なステークホルダーの共創である「ミッション・エコノミー」に融合させると、より「公共の利益」の意味が含まれたミッションに変化していきます。実はここに、イノベーションの種が眠っているのです。

 

※北欧の取り組みについて紹介する市川氏

 

市川氏は一つの事例として、スウェーデンの自動車メーカーであるボルボ社の取り組みを紹介しました。同社は2007年の時点でミッションを問い直し、「2020年までに新しいボルボ車での交通事故による死亡者や重傷者をゼロにする」という方針(ビジョン)を掲げたと言います。公共の利益という観点で改めて企業の存在意義を問い「誰も交通事故で死ぬべきではない」という答えに行き着いたのです。ボルボ社は掲げた方針をもとに、安全性の高い製品を開発し続けています。

一方、スウェーデン政府も「誰も交通事故で死ぬべきではない」という方針を受け取り、ある取り組みに着手しました。それは大胆にも「車の乗り入れを禁止するエリアをつくる」というものでした。「そもそも車が走らなければ、悲惨な交通事故は起こらない」という逆転の発想です。いくつかの都市が実験的に取り組みを実施したと言います。

 

市川氏は、ミッション・エコノミーを推進するために重要なこととして、次のように述べました。

市川氏:車の乗り入れを禁止する実験的な取り組みは終了しましたが、それが成功か失敗かという単純な話ではありません。誰が何をするかという方針を明確に持っていて、それを遠くの目標とせずに、実行を伴う宣言にする。そして実際に実行することが非常に大事だと思います。

「イノベーション」「ミッション」「ミッション・エコノミー」という言葉を概念に終わらせず、着実に実行に落とし込んでいく。根本的な社会変革はそれぞれのステークホルダーの小さな一歩から始まることが分かる言及です。

 

 

Living Labイノベーションを下支えする「Living Lab(リビングラボ)」の存在

市川氏は、北欧でのミッション・エコノミーの事例について、さらに紹介を続けました。

例えばノルウェーでは、政府が「公共事業の脱炭素化」をミッションに掲げて民間企業にアイデアを募った結果、建設現場のEV化が世界に先駆けて進みました。それだけではありません。公園設備は再生アルミを使用して作られ、将来を見越してEV電池のリサイクルについてもアイデアが集まったと言います。ミッションを中心に据えることで、多様なステークホルダーがそれぞれの強みを持ち寄り、共創しながら社会実装が行われたのです。

 

北欧のイノベーションのスピードは目を見張るものがあります。なぜ、このようなことが可能なのか。市川氏は「Living Lab(リビングラボ)」の存在がイノベーションを下支えしていると述べます。

リビングラボとは、ある社会的なテーマの当事者たちが、官民の垣根なく集い、フラットに意見を交わし合う場のことです。北欧では至るところにリビングラボがあり、中には高校生が運営主体となるなど暮らしの身近な存在として親しまれています。注目すべきは、政府が発信するミッションを受信する場所としてリビングラボが機能している点です。政府と民間がミッションを自分ごととして捉え共有する仕組みが備わっているため、スピード感のある施策が可能になるのです。

 

 

市川氏は次のように話します。

市川氏:ノルウェーは人口が約500万人の国です。人口約1万人ほどの400の基礎自治体が国を支えています。その中で1ヶ所でも事例を作れると、他の自治体も真似ができるモデルになります。

これはノルウェーがすごいと言いたいわけではありません。日本でもできますと言いたいのです。重要なのは、自治体同士が横連携して学び合う意識を高めることと、小さな成功事例(モデル)を作ることだと思います。

日本では、政府が掲げるミッションを民間に届けるプロセスに課題は残るものの、基礎自治体同士の横連携による「課題の共通化」から始めることはできるでしょう。まずは小さなミッション・エコノミーの実践が望まれます。

 

 

New Mission「ミッション」は時代によって書き換わる

最後に市川氏は、「ミッションは書き換わる」ことについて述べました。

市川氏:今、私たちの周りにある仕組みやサービス、システムというのは、元々は何か非常に社会性を持ったテーマでできていたはずです。例えば給食は「誰もが衛生的で安くお腹を満たせる状態を作る」という目的で整備されたはずです。

ところが時代を経て、そういう目的はすでに達成しているかもしれません。では、今もし給食を提供するとしたら、何を目的にすればいいのだろう。

もしかしたら、より地域の野菜や食材を使うことで食料自給率を上げたり、経済循環を起こしたり、食育を推進できたりするかもしれません。このように複合的なミッションを持たせることによって、お金の使い方やアクションは変わります。

今、身の回りでは何が起きているのかをしっかりと見定め、かつてのミッションを書き換えていく。そのミッションにもとづいて多様なステークホルダーが行動する。このような営みこそがミッション・ドリブンな社会のデザインではないかと思います。

 

 

経済合理性を重視してきた戦後日本社会の価値観から、21世紀をまたいで20年余りを過ぎた現代、公共性やウェルビーイングの再構築が求められています。「何を幸福と呼ぶのか?」という本質的な問いが私たちに投げかけられているのです。

その問いを、多様なステークホルダーを巻き込みながら深めているのが北欧諸国ではないでしょうか。幸福に通ずるミッションが国民の中心にあることが、大胆なイノベーションが起こる要因になっているようにも思われます。北欧の取り組みを妄信する必要はありませんが、日本が北欧から学べることは多々あるはずです。

>北欧は、なぜイノベーションとウェルビーイングの先進地なのか?(前編)もあわせて読む