
2024年07月26日
北欧は、なぜイノベーションとウェルビーイングの先進地なのか?(前編)
北欧諸国は長年にわたり、イノベーションとウェルビーイングの先進地として世界から注目されています。デンマーク、スウェーデン、ノルウェーなどは国連が発表する世界幸福度ランキングで常に上位に位置しており、社会全体の幸福を重視した政策が特徴です。これらの国々では、生活の質を向上させるためのテクノロジーの活用や、政治に対し、市民参加を促す取り組みが積極的に行われています。 本稿では、そんな北欧に組み込まれた「イノベーションとウェルビーイングが生まれやすい社会システム」を、北欧研究所主宰、ロスキレ大学准教授の安岡美佳氏の基調講演(※)から紐解き、日本でのアレンジと実装の可能性について探ります。 (※)北欧のイノベーションとウェルビーイングに学ぶクローズドのコミュニティ「D.GARAGE in JAPAN」が2024年4月に開催したキックオフイベントでの講演
Democratic Mind社会を「自分ごと」として考える
デンマークに移住して18年、「デザインイノベーションにおける共創手法」を研究する安岡氏は、北欧でイノベーションとウェルビーイングが生まれる根底には「デモクラシーマインド」と「Living Lab(リビングラボ)」の存在があると述べました。
「デモクラシーマインド」とは、住民が自らの生活環境を改善し、社会に積極的に関与する姿勢のことです。安岡氏が暮らすデンマークでは、子どもから大人まで多くの市民が「どういう社会にしていきたいのか?」と、社会を自分ごととして考える文化があると言います。さらに、考えるだけにとどまらず、理想の方向に進むための行動も生まれやすいとのこと。
さて、そんな「より良い社会に向けた人々のアイデア」を形にするための仕掛けが「Living Lab(リビングラボ)」です。これが機能することにより、北欧ではさまざまなイノベーションが生まれ、人々のウェルビーイングにつながっているのです。
※安岡氏はデンマークからオンラインで講演を行なった。
Systemより良い社会を形にするためのシステム
安岡氏曰く「Living Lab(リビングラボ)」とは「実生活の場で試し、時に失敗しながらもモノやコトを生み出す場」のこと。実例として、コペンハーゲンのあるアパートで行われた水害対策の取り組みが紹介されました。
その場には、アパートの住民、コペンハーゲン市の職員、戦略デザインの専門家などが集い、皆で課題を解決するための闊達な議論が交わされたと言います。ここまでは昨今の日本のまちづくりの現場でもよく見かけるようになった光景ですが、安岡氏が言及した「Living Lab(リビングラボ)」が大切にする3つの視点にはハッとさせられるものがあります。
さて、そんな「Living Lab(リビングラボ)」が大切にする3つの視点とは以下の通りです。
1. 多様性:当事者をはじめ、社会を構成しているような人たちが参加しているか?
日本では産官学という枠組みで参加者の多様性が語られることが多いですが、安岡氏は「誰でもたくさん集まればいいというわけではない、つまりメニューではなくてダイバースの人たち、ダイバーシティを持った人たちが集まることが重要」と話します。
例えば小学校の校庭を改装するのに、当事者である小学生は議論の場に入っているでしょうか?「入れる必要がある」という考え方が、北欧では少なくとも根付いています。同時に、異なるバックグラウンドを持つ人たち、つまり社会を構成しているような人たちが議論に加わり、一つのテーマを共に考える場がつくられることで、アイデアは発展していくと言います。
2. 共創:参加者全員で共に考え、つくること。
「Living Lab(リビングラボ)」には、声の大きい人のアイデアが押し通るのではなく、集まった人たちが皆で一緒に考え、一緒に新しいものを作っていく視点があります。その根底には、皆がフラットな立場で意見を出し合うことが許容される文化があるのでしょう。
3. 長期間の関与:自分の課題として取り組み、コミットすること。
安岡氏は、「Living Lab(リビングラボ)の参加者は課題解決にコミットする姿勢がある」と話します。誰かに言われたから何かをやるというよりは、自分で何が大切かを考え、自分の課題として取り組むとのこと。それは、ただ話し合いに参加する短期的な関与では成し得ないことでしょう。
より良い社会を実際に形にするエネルギーは、参加者一人ひとりの長期間の関与により生まれるのです。
安岡氏の暮らすデンマークでは、さまざまなところで「こうしたら社会がもっと良くなる」と考える人が集い、何かしらのアクションを起こしています。
社会を自分ごととして捉える「デモクラシーマインド」と、そのエネルギーを具現化させる「Living Lab(リビングラボ)」。この仕組みがうまく回っているからこそ、イノベーションとウェルビーイングが生まれ続けていることが分かります。
Communityまずは小さなコミュニティから実装へ
そもそも政治参加への関心が低い日本においては、デンマークで行われている取り組みをそのまま輸入してもフィットしない可能性があります。
しかし安岡氏は講演の最後に、北欧のイノベーションとウェルビーイングに学ぶクローズドのコミュニティ「D.GARAGE in JAPAN」のような、まずは小さなコミュニティから実験的に「Living Lab(リビングラボ)」のような取り組みを行うことに可能性を見出していると話しました。
日本では待ったなしの社会課題が山積する中、あらゆるステークホルダーの共創が突破口になるであろうと考えられています。しかし安岡氏が語った「Living Lab(リビングラボ)」の特徴、「多様性」「共創」「長期的な関与」を満たした取り組みの事例は数少なく、「社会が刷新された手応え」に至るまでにはもうしばらく時間がかかることでしょう。
ただし、種をまかなければ花は咲きません。北欧の先進事例から得られる「イノベーションとウェルビーイングの種」を、日本の土壌に合わせて育てるタイミングが来ています。