
2025年06月25日
平時から使える防災備蓄品管理システムを共同開発——枚方市とキムラユニティーの官民共創事例
災害時に命をつなぐ防災備蓄品。しかし、その管理実態は「エクセルと紙のメモ」というアナログな運用が少なくありません。 「有事に本当に役立つのか?」という課題に向き合ったのが、大阪府枚方市とキムラユニティー株式会社です。両者は「逆プロポ」という共創プラットフォームを通じて出会い、現場視点に根ざした防災備蓄品管理システムを共同開発し、枚方市での活用が続いています。 サービスやプロダクトが実装に至る官民共創の事例は、全国でも決して多くはありません。本記事では、なぜこの共創がうまくいったのか、その裏側にあるプロセスや関係性づくりの工夫に迫ります。
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災害時に命をつなぐ防災備蓄品。しかし、その管理実態は「エクセルと紙のメモ」というアナログな運用が少なくありません。
「有事に本当に役立つのか?」という課題に向き合ったのが、大阪府枚方市とキムラユニティー株式会社です。両者は「逆プロポ」という共創プラットフォームを通じて出会い、現場視点に根ざした防災備蓄品管理システムを共同開発し、枚方市での活用が続いています。
サービスやプロダクトが実装に至る官民共創の事例は、全国でも決して多くはありません。本記事では、なぜこの共創がうまくいったのか、その裏側にあるプロセスや関係性づくりの工夫に迫ります。
エクセル管理の限界
「防災備蓄品の管理をエクセルで行っていて、倉庫から物資を出した際には紙にメモを取り、後からエクセルに反映させていました。これでは災害時に対応できないという危機意識がありました」と話すのは、枚方市の危機管理対策推進課の原氏。
防災備蓄品の出し入れ履歴を即時に反映できず、実際の在庫状況を正確に把握することが難しい——。同じ課題を抱える自治体は少なくないはずです。
この課題に対し、解決を試みようと枚方市に伴走したのは、物流・情報サービスを手がけるキムラユニティーでした。
本質的な強みを活かし、新分野へ挑戦
枚方市とキムラユニティーの共創は、官民共創マッチングプラットフォーム「逆プロポ」から始まります。
「逆プロポ」とは、企業が関心のある社会課題を提示し、それに対して自治体が課題解決のための企画やアイデアを提案するマッチングサービスです。従来行政が行う公募プロポーザルとは逆の仕組みをとることから「逆プロポ」と名付けられています。
2022年、このプラットフォームにキムラユニティーが「減災の観点から意見交換または実証実験(有事シミュレーション等)を共に実施いただける自治体を募集」と投げかけました。対して枚方市は「有事のみならず、平時も含めた防災備蓄品管理システムが実現できないか」と手を挙げます。キムラユニティーが持つ強みと枚方市のニーズがマッチした瞬間でした。
※募集ページでは動画で訴えかけた。
当時について、キムラユニティー営業部門の足立氏は次のように話します。
キムラユニティー足立氏:実は当初、「減災」という切り口での公募は考えていませんでした。当社は倉庫管理や物流に関するサービスを提供する企業ですから、その知見を社会課題の解決に生かせないかと思案していたのです。既存サービスを自治体に導入できないか、という発想でした。ところが、逆プロポ運営事務局の方と「キムラユニティーの本質的な価値は何か?」とディスカッションし、見えてきたのは「人や物の管理を1人・1個・1秒単位の精度で行える」という強みでした。これはもしかしたら、災害時の自治体職員やボランティアの人員管理につながるかもしれない、と仮説が立ちました。結果的に管理をしたのは物でしたが、当社が「減災」の「視点を選択・重視した背景にはこのような経緯があります。
既存サービスの展開から一転、異分野の新規事業開発に舵を切ったキムラユニティー。その柔軟な姿勢が、官民共創の第一歩となったようです。
一方、枚方市は具体的な課題解決への意欲を持って逆プロポに参加しました。公民連携を担当する政策推進課の浅井氏は「危機管理対策推進課が持つ課題は明確でした。これを解決するために、企業と一緒に実証実験から新しいサービスを作るところまでやってみようと、チャレンジだと思ってエントリーしました」と話します。
こうして、課題解決に向けた官民共創プロジェクトは幕を開けました。
現場に寄り添う開発プロセス
プロジェクトのアウトプットである「防災備蓄品管理システムらくらくスマート在庫」は、どのようなプロセスを経て生まれたのでしょうか。この問いに対し、両者は次のように答えます。
キムラユニティー足立氏:枚方市の皆さんの要望を聞き取ることから始めました。やはり最初は、組織文化が異なる官民の間で特有の心理的隔たりを感じましたが、私も含めた担当社員が積極的に提案をし続けたことで、連携が密になっていきました。ベストな解決策を模索するために現場を確認したかったので、市の防災備蓄品倉庫への立ち入りや、住民の皆さんと行う枚方市総合防災訓練への参加をリクエストしたこともありました。
枚方市危機管理対策推進課 小林氏:最初はどんなシステムになるのかイメージが付かなかったため、ひとまず思い付く限りの要望や、現場の業務の流れをお伝えしました。それを元にキムラユニティーさんの方でプロトタイプを作っていただき、改良を加えていきました。いざ目に見える形でシステムができてくると欲しい機能がいくつも追加で出てきたので、キムラユニティーさんへフラットにお伝えしベースの機能に枚方市に合わせたカスタマイズを加えてもらいました。
「らくらくスマート在庫」のプロトタイプはプロジェクト開始から約2か月で開発されましたが、その後も改良のためのディスカッションは続き、1年間で3回のバージョンアップがあったと言います。
枚方市危機管理対策推進課 原氏:打ち合わせについては、令和4年には8回、令和5年には4回実施しました。それ以外に細かい要望等を伝えるため、ほぼ毎日電話やメールをしていた時があります。それくらい高い頻度でこちらの話を聞いてくださる企業は珍しいと思います。また、キムラユニティーさんが防災備蓄品倉庫を見に来られた際は、物流のプロフェッショナルの視点から倉庫管理のポイントを教えていただきました。どこに何が格納されているのか誰でも理解できるよう記号を付けたゾーニングや、備蓄品の出し入れの導線を確保する方法など、根拠のあるノウハウはどれも大変勉強になりました。
枚方市危機管理対策推進課 宮中氏:枚方市が主催する防災訓練にも3回お越しいただき、システムを実際に使用しながら現場課題を吸い上げ、バージョンアップにつなげてくださいました。さまざまな相談をすることができ、心強かったです。
キムラユニティー足立氏:「備蓄品を常に確認しに行ける状況でなく、数や格納場所はエクセル管理のため実態とズレがある」とのご相談でしたので、我々も実際の現場を見る必要があると思いました。一緒に倉庫整理をさせていただく中で、エクセル記載の場所とは違う棚に備蓄品があったり、大量の備蓄品が通路に山積みなっているなどしたことから、枚方市様がいかにお困りであるかが理解できました。現場の課題を目の当たりにしたことで、具体的な改善策が明らかになりました。それをシステムに反映していきました。防災訓練に参加した際には、「私たちはこの場にいていいのだろうか?」と思ったこともありましたが、最終的には市長の前で、職員の皆さんと備蓄品管理の在り方についてプレゼンする機会にも恵まれました。それくらい官民の垣根を越えて、現場に入らせていただきました。
議論や実証実験を重ね、現場目線で生み出された「らくらくスマート在庫」には、痒い所に手が届く機能が実装されています。
例えば、スマートフォンで直感的に操作できるUIは、担当職員が変わったとしても簡単に引き継ぐことができ、備蓄品管理の品質に影響を与えません。また、いざ有事が起こった際に「誰でも使える」点は、災害危機管理の現場では大きなメリットとなります。
その他、訓練時に利用できる「訓練モード」も実装されており、災害避難訓練にて有事と同様のシミュレーションを行うことができます。これもキムラユニティーが枚方市の防災訓練へ参加した後に生まれたアイデアということで、現場に寄り添った開発プロセスの重要性を感じさせます。
※「らくらくスマート在庫」公式ページより抜粋
最初から要件や仕様が決まった受発注の関係性ならば、このようなアウトプットは生まれなかったでしょう。官民共創プラットフォーム「逆プロポ」にて、両者が課題ベースで連携し、共創の座組を作ったこと。その土台の上に、フラットな現場目線のコミュニケーションが重ねられたこと。これらの相乗効果で辿り着いた成果と言えるでしょう。
枚方市とキムラユニティーが「共同開発」した「防災備蓄品管理システムらくらくスマート在庫」は、その後、正式な入札を得て枚方市に導入されました。
官民共創の成功要因を探る
キムラユニティーとの共創について、公民連携を担当する政策推進課の市川氏は次のように話します。
※インタビューはオンラインで行われた
市川氏:これまでにも複数の民間企業と連携させていただきましたが、あと一歩のところでストップしてしまうケースもありました。実証実験をして終了となったり、開発コスト面で断念する、などです。キムラユニティーさんのように実装まで至ることは珍しく、枚方市にとっては、官民共創の本当に良い成功事例になったと思います。
なぜ、ここまで上手く事が運んだのか?これについても市川氏は分析します。
市川氏:成功要因は2つあると思っています。一つは、枚方市の課題や危機意識がクリアだったことです。何にどう困っているかを具体的に言語化できていたので、キムラユニティーさんもこちらの意図が汲み取りやすく、議論を深めることができたのではないかと思います。
もう一つは、キムラユニティーさんが枚方市の現場や課題を「我がごと」として捉えてくださったことです。共に市長にプレゼンを行う場面では、社員さんたちが、まるで自分の庭のように市の防災備蓄品倉庫の課題や解決策を説明しました。ここまで解像度を高くして課題解決に取り組んでくださったことが、官民共創の成功に大きく影響を与えたと思います。
一方、「らくらくスマート在庫」の開発に関わったキムラユニティーの面々は、今回のプロジェクトの手応えについてこう語ります。
営業本部長 永田氏:当社は「会社はお客様のためにあり 社員とともに会社は栄える」を理念とし、顧客価値を実現することを何よりも大切にしています。今回も「枚方市様のためになることは何か?」を突き詰めていけたのではないかと思います。
新規事業開発ということもあり、当社としてもチャレンジングな取り組みではありましたが、目先の採算性は一旦横に置き、将来的な価値を作ることに目を向け進めてきました。おかげで試験的な取り組みをたくさん行うことができました。
営業企画部 西澤氏:今回のプロジェクトでは、自治体の方たちと胸襟を開いて共創するプロセスを体験できました。非常に学びの多い期間だったと思います。防災備蓄品倉庫に入ったり、防災訓練に参加することがなければ、今のシステムの仕様は実現できていません。本音ベースでディスカッションすることの重要性に改めて気付かされました。
営業企画部 足立氏:今回、枚方市様の中にかなり深くまで入らせていただいたことで、行政職員の皆さんが日頃いかに忙しくされているのか理解できました。多くの業務を掛け持ちながら企業とやりとりしている背景が分かると、連絡の仕方にも配慮ができます。職員の皆さんが話す「内容」ももちろん重要ですが、プロジェクトの途中からは、その背景や意図を汲み取ることにも注力しました。企業と行政は根本が違う、という観点に立ったことが、開発の下支えになったような気がします。
これらの声は、官民共創の本質を表しています。単に相手の言葉だけでなく、お互いの背景にある課題や意図、組織の事情や文化も理解しようとする姿勢が、真の共創つながる成功要素と言えるでしょう。
全国展開への挑戦と課題
現在、キムラユニティーは「らくらくスマート在庫」を他の自治体に紹介する活動に取り組んでいます。しかし、横展開には課題もあると言います。
足立氏:地場である愛知県を中心に、自治体に向けて電話で案内を行いました。「枚方市様と共同開発した」と伝えると、興味関心を持ってくださる自治体は多いです。ただし、実際に話をしに行くと、「エクセル管理で十分間に合っている」「内閣府の物資調達・輸送調整等支援システムが使える環境にある中、予算を付けるのが難しい」といった声も多く、自治体ごとに状況が異なることを痛感しています。
枚方市危機管理対策推進課の原氏も、同様の懸念を口にします。
原氏:例えば、有事の際に国へ物資の要求を行うには、内閣府の物資調達・輸送調整等支援システムを使うことになるでしょう。ただし内閣府のシステムは多機能なため、平時の防災備蓄品管理においては使いにくさを感じる自治体もあるかと思います。枚方市がそうでしたから。キムラユニティーさんの「らくらくスマート在庫」は、防災備蓄品管理と、避難所への物資発送オペレーションに特化して作られたシステムです。同様の課題を全ての自治体が抱えているとは限らないので、自治体ごとのオペレーションにどう合わせていくのかが、横展開においては重要になるのではないかと思います。
システム開発においては、汎用性と専用性がトレードオフの関係になることも多々あります。そのバランスをどう取るか?キムラユニティーのさらなるチャレンジは続きます。
最後に足立氏は「会社の強み」に立ち返り、次のように話しました。
足立氏:当社は倉庫管理のノウハウをオペレーションも含めてご案内できます。社会貢献という意味で、単なるシステムのご提案にとどまらず、困っている自治体のお役に立てることがしたい。1つでも多くの自治体と仕事ができればいいなと思います。
「共創」を機能させるために必要なこと
今回の取り組みは、防災備蓄品管理というテーマを超えて、官民共創の本質を示す好例となりました。単なる業務の委託や協力ではなく、自治体と企業が対等な立場で関係を築き、現場をともに歩む中で課題を深掘りし、プロトタイプの試作・改良を重ねながら「現実解」にたどり着いたこと。それは、共創という言葉を真に体現しています。
行政と企業では、組織文化や価値観、意思決定のスピードも異なります。だからこそ、「相手の文脈に立つこと」が信頼の礎となり、相互理解の積み重ねがプロジェクトを前進させます。
全国で官民共創の機運が高まる今、枚方市とキムラユニティーの事例は、単なるノウハウや成果物以上に、「どのように共創を進めればうまくいくのか?」という問いへの大きなヒントを与えてくれます。
共創とは、相手を「パートナー」として尊重することから始まる——そのことを改めて教えてくれる事例です。